倉智久美子展 トークイベント (前編)

「ミニマルアート、ドイツの美術。倉智さんと梅津さんが語る午後。」

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小池 アーティストの倉智久美子さん、それから埼玉県立近代美術館のキュレーターでいらっしゃいます梅津元さん。宜しくお願いします。
梅津 倉智さんとは今回の展覧会の初日にお目にかかったのが20年ぶりとまではいかないにしても、相当久しぶりでした。アメリカ・テキサス州のマーファにチナティ・ファウンデーションという、ドナルド・ジャッドが生前ディレクターを務めていた広大な現代美術の展示施設がありますが、そこがアーティスト・イン・レジデンスでアーティストの受け入れをしています。1999年に埼玉県立近代美術館と滋賀県立近代美術館で開催しましたドナルド・ジャッドの展覧会の調査や出品交渉のために、(1998年の)夏のテキサスに行きましたが、ちょうど倉智さんがアーティスト・イン・レジデンスで滞在されていて、真夏の灼熱のテキサスで自転車に颯爽と乗っていた倉智さんの姿を鮮明に覚えています(笑)。では早速ですけれど、京都市立芸術大学で学ばれていた学生時代のこと、1970〜80年代の日本の美術状況のなかでアーティストを志望して活動を始められた頃のお話をうかがえたらと思います。
倉智 私、今日いらしているみなさんよりかなり世代が上でして、1978年の京都芸大卒業なんです。そのころ現代美術は非常に停滞期でした。あまり、わっという運動もなく、多くの人が版画に流れた時代です。私は「何かしたい、こんなんじゃないわ、何かしたいわ!」って思っていたんですけども、当時の自分にできたことは、現代美術をしている有名貸画廊で個展をする、そして『美術手帖』などの展評に書いていただく、そうすると喜んでまたやるということで。そうしていると、なんだかむなしくなってしまってだんだん疲れてくるんです。で、一回、非常に長くかなり強い決心でもって、もうやめようと思いまして。ところが、90年に入ってから、大阪に「ギャラリー白(Gallery Haku)」っていう、そこも貸画廊ですけども多くの新しい傾向を取り上げていたギャラリーがあったんですが、そのギャラリーの鳥山さんっていう方が、一回やってみないかっておっしゃってくださったんですね。で、そう言ってくれるんだったらやろうかなって思って、「もしやるんだったらもうやめないわ。やめないでずっとやれることをやりましょう、それはなんだろう?」って。そのスタンスがなんとなく自分にはあったんです。
それで、小池さんに白(Haku)で展覧会することになりましたって言ったら、うちでもやってってすぐに言ってくださって、それがこの展覧会、1994年の9月でした。すごく光栄なことにあの広い佐賀町を思いっきり使わせていただいて。
この時に考えていたのは、「これは何であるか」。この、壁にずっとインスタレーションのようになっているのは、額がちょっと浮いていましてね、浮いた額の上にあたかも置かれたかのように紙が展示されているんです。実際には中身が少し浮いているんですが。床にペイントしたのは、「これは色彩というものだろうか、それとも絵画だろうか」という、そういうふうな疑問です。こういうスタイルは、俗にいうミニマル・アートの人たちはよく使っていますよね。この横線と縦線を一緒にするっていうのは、平面を生み出したい、平坦な面を生み出したいという気持ちだと思います。これは、よく似た構図、よく似た仕事を私は非常にたくさん見るんですが、なるほど、みんな同じような地平の上でそれぞれの疑問と格闘されているんだなあ、と思います。こう、グリッド状になったものとか。これも佐賀町の時の展覧会のものですが、これも「壁にかかるべきか、床に置かれるべきか」。「モノ」なのか、それとも「絵画」なのか、「色彩」なのかっていう。もっと話していいんですか?
梅津 それくらいにしておきましょうか(笑)。学生の時に、版画に流れる人が多かったという話がありましたね。
倉智 非常に多かった。
梅津 ご自分の方向性というのは、迷いはなかったのでしょうか?
倉智 迷いましたよ、私も一回は版画にいきましたもん。半年ですぐ挫折してやめましたけど。
梅津 その時に、たとえば大学で教えている方、著名なアーティストの方だとか、あるいは学校に関係なく、影響を受けたアーティストの方はいるのでしょうか?
倉智 関西の作家でいうと私が当時いちばん好きだったのは村岡三郎さん。それから小清水漸さん。
梅津 小清水さんは京都芸大で教えてらっしゃいましたよね。
倉智 それが入れ違いだったんですよ、私が出た時にこられた。
梅津 なるほど。
倉智 あの頃、関西にはいい作家はいっぱいおられました。
梅津 東京圏から見ていても、京都芸大はいい作家さんがたくさん出てくる学校だなと思っていました。学校を出て作家活動している方がまた教えに来る、というふうなかたちで、刺激的な空気があるのかなという感じがしますね。作品の説明で、「壁から少し浮かせている」、「物質なのか色彩なのか」、「平面・面を作りたい」、「垂直・水平・矩形」といった指摘があり、「似たようなことをしている作家を多く見かける」という今日のテーマに関わる話もありました。倉智さんはいわゆるモダニズム的な表現に興味があり、その方向で仕事を始められていますが、日本の美術状況が違う方向に行き始めて息苦しさを感じ、発表を途中で中断することも考えざるをえなかったのだろうかと、お話を聞いて思いました。自分が考えている方向性と当時の日本の美術状況の違和感、やりにくさを感じていましたか。
倉智 感じていましたけども、それだけじゃないんです。こうやって言うのもみっともないんですけど、当時は有名貸画廊がたくさんありまして、やっぱり、そこが美術の現場だったんです。また発表したいと思うと、また借りなきゃいけない、そうすると制作時間がすごく短くなってしまう。そういうことに対するジレンマもすごく大きかったと思います。自分は、何はなくてもこれを続けたい、ずーっとやり続けられることをしようと思いました。
梅津 モダニズムの延長上には、シンプルでストイック、表現している要素が少ないタイプの芸術、つまり、自分の記憶や感情、具象的なモチーフ、説明的な物語などを排除した芸術が、確実に存在しています。表面上似ているものが多くなった時に、このタイプの作品は説明しがたく、それらを峻別するのが難しくなります。
私が興味を持っているのはアメリカのミニマル・アートと呼ばれる動向です。80年代半ばに美大に学びましたが、ニュー・ペインティング、ニュー・ウェイブなど、ポスト・モダン的な方向に時代が推移していく時期で、ミニマル・アートの勉強はやりにくい状況でした。単に惹かれてしまう、どうしようもなく好きだという根拠がありますが、時代的に先行する大きな成果があると、それを引きずっていると見られてしまう。必然性のある表現だとしても、類型上、ミニマリズムの亜流に見えてしまうことが避けられず、後続の世代は損する部分があるわけです。ミニマル・アートを類型としてとらえてしまうと、本当に良質なものと、スタイルとして消費しているだけの亜流が一緒になり、大事な成果が葬り去られてしまう。そうならないように、良質な成果とは何か、いまだに魅力をもって引き出せるものは何か、ということを見極めたいのです。私が長年こだわっているのはこの問題です。
今日のテーマの一つにもなっていますが、アメリカの美術はトレンディな転換をするし、マーケットも絡んで推移しており、ミニマル・アートの成果をよく引き継げなかった部分があるようです。一方、倉智さんが滞在されているドイツ、あるいはオランダなど、むしろヨーロッパの方がこの動向をきちんと受けとめて、次の芸術を成り立たせようというアーティストが出てきていますね。
倉智 アメリカは、ヨーロッパの作家にとっても一つの舞台だと思います。アメリカで成功するっていうのはドイツの田舎の作家にとったらグローバルで夢に近いことです。アメリカでは世界中のいい作品が見られるし、アメリカで大きな展覧会が開けるということは国際的に認められたっていうことですから。だけどそれはすっと流れ去っていくんですね。
私が本当にドイツっていいなって思ったのは、80年代の終わりにアメリカのディア・アート・ファウンデーションで、ヨーゼフ・ボイス、イミ・クネーベル、ブリンキー・パレルモというドイツの作家の三人展を見た時でした。アメリカのミニマル・アートと何か違う、なんというか身体サイズなんですね、無理のないサイズのミニマル。その時私には、その作品自身も自分で考える、作品自体も意思を持っているかのように見えたんです。それですごくびっくりしてしまって。その時、自分はまだ若くて、ドイツについて何も知らなかった。なんでそんなところでその三人が展覧会をやっているのかとアメリカ人に訊いたら、デュッセルドルフの有名な美術大学があって、ヨーゼフ・ボイスはそのプロフェッサーで、あとの2人は彼の学生だったのだというふうに聞かされて、「へぇ、デュッセルドルフ!? それどこにあるんだろう?」と思いまして。
梅津 (笑)。
倉智 それから10年かかって、いつのまにかそこに自分も行ったわけですけれども。いや、アメリカもそういう舞台という意味ではいいと思いますけど、ただ次々次々アートシーンが流れていってしまうんです。
ヨーロッパのいいところは、……ちょっと話を飛ばしますけど、「Konkret Kunst (コンクリート・クンスト)」っていうものがありまして。「Konkret」っていうのは、直訳すると「具体」なんです。具体というと日本の具体美術協会がみなさんのあたまにはぱっと浮かぶでしょうけども。何が具体的かというと、具体的でないものを具体的に見せる。「Gegenstandslos」、つまり、対象がないものを具体的に見せる。たとえば非常に落ち込んだ感情とか、永遠を求めるような気持ちだとか、終わりがない、果てがない、あるいは非常に高揚したものとか、そういうふうなものをなんとか具体的に色と形で表そうとしたものが、コンクリート・クンストと呼ばれています。
梅津 コンクリート・アート、ドイツ語ですとコンクリート・クンスト。日本ではあまり馴染みがなく、しかも「具体」と訳すと混乱が生じやすいのですが、音楽の分野では「ミュージック・コンクレート」、詩の分野では「コンクリート・ポエトリー」という分野があります。ここに重要な問題があります。アメリカでは、抽象表現主義、カラーフィールド・ペインティングからミニマル・アートが生まれるまで、抽象化ないし還元主義、つまり、色々な要素を削ぎ落として最終的にミニマルなものに至るという歴史の流れと芸術の展開があるため、どうしても「削ぎ落としていく」という意味での「ミニマル」という言葉に頼ってしまいます。しかし、何かを排除していくというネガティヴなアイデンティティーではなく、倉智さんが説明してくださったように、「コンクリート・アート」という立場をとれば、「実体的な対象をもたない事象を芸術として存在させる」というスタンスが明確になります。芸術作品は、具体的に存在しているので、具体的ではないモチーフに形を与えるというスタンスが明確になると、何かを削ぎ落とすという手法とは、ベクトルがまったく逆になります。
倉智 そのとおり。
梅津 色なり形なり、具体的に感覚可能なものとして芸術作品を存在させるためにはどうすればよいか。このスタンスは、ミニマル・アートを支える衝動に含まれているはずなのですが、美術史上の還元主義や抽象化と混同されてしまい、厄介なことが起きています。一方、ヨーロッパではコンクリート・アートの伝統がしっかり根付いていて、アメリカにおけるミニマル・アートも、「コンクリート・アート」という大きな枠の中で、そのアメリカ的な展開と位置付けられています。
モダニズム的な抽象度の高い表現を志向すると、「それはミニマル・アートの焼き直し」と言われてしまうことがありますが、「芸術作品をこの世に存在させたいという根本的な衝動」があり、それは時代・地域・文化に左右されるものではなくて、人間が芸術作品を作りたいという欲求の根幹にあるはずです。それを類型的に、時代遅れとみなしたり、様式的なパターンに閉じ込めたりするのではなく、個別に作品を見ていく必要があるのです。では、次に進みましょうか。
倉智 これはマーファのチナティで作った作品の表面だけが写っています。その次にいってください、これが全体です。メインの作品はこの箱の上に寝ているものなんですが。絵画は、立ち上がるべきか、壁にかけられるべきか、モノとしておかれるべきかーー、これは、作品がどうあるべきかと考えて。気に入った作品です。
梅津 素材は何ですか?
倉智 紙とビーワックスと水彩絵の具です。台座をいれて80センチくらいの高さだったと思います。自然に見下ろせる机くらいのテーブルです。
梅津 今回展示されている倉智さんの作品にしても、物体的なボリュームをもっているタイプと、フラットな面的なタイプと両方あります。それはミニマル・アート的な表現の成果で、絵画が物体化していく面もあるけれど、三次元に移行したとしても彫刻を志向しているわけではないのです。倉智さんの作品でも、箱状であるとか、壁から突き出ているとか、三次元的なボリュームがあったとしても、オブジェや彫刻を作りたいということではないはずです。視覚的な表現を成り立たせるという意味では絵画に近く、自分が実現したいヴィジョンを実現するために要請された構造が、厚みであったり箱状の形であったり、ということではないでしょうか。
倉智 そう。
梅津 それを、「ミニマル・アートは絵画から彫刻へ移行した」とか、「平面から立体へと移行した」と短絡的に解釈してしまうと、重要な問題を見落としてしまう。立体的な構造があっても決して彫刻には接近していないところに重要な問題がある。倉智さんもおそらく、オブジェを作りたいわけではなく、床に置かれているからといって彫刻を志向しているわけではなく、もっと面的な表現を……。
倉智 絵画ですよね、絵画を夢みている。
梅津 そうですよね、私の言葉では「視覚性」が重要です。望むべき視覚性を実現するために、形状が二次元の場合もあれば三次元の場合もある、ということが、多くの作家に見られると思います。
倉智 これはちょっと実験的な作品です。ロープを部屋の中に張って、やっぱり空間をとらえようとした。そのロープの下側と上側に小さな作品がかけてあります。
梅津 これは何年頃の作品ですか?
倉智 2000年です。ドイツへ行く直前くらい。
梅津 倉智さんの話はこのあともまだ作品を映しながら伺いますが、ここで、話に出ているミニマル・アートに照準をあわせて、スライドを紹介しながらお話をして、倉智さんのご意見を伺うというトピックに入りたいと思います。
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本からの複写は、パンザ・コレクションという、イタリアの有名なコレクターの作品で開かれた展覧会のカタログを参照しています。とりあえず感覚的にざっと作品を見ていただきます。まずカール・アンドレ。単位となるものを並べていく代表的なスタイルです。
倉智 この素材は何ですか?
梅津 スタイロフォームという断熱や防音のための建築資材ですね。
倉智 先ほどのは?
梅津 あれは金属、工業製品ですね。次はダン・フレイヴィン。ミニマル・アートというと、ドナルド・ジャッド、カール・アンドレ、ロバート・モリスをはじめ、どこまで含めるかという問題はありますが、フレイヴィンは代表的な作家とされています。よく考えると不思議で、オブジェクティブではなく、絵画的でもなく、蛍光灯をインスタレーションしていく仕事で、非物質的な光、色彩、空間が主題です。ミニマル・アートの重要な作家として括られていながら、語られることが少ない。これは蛍光灯を壁のように林立させ、裏側の青い蛍光灯の列と背中合わせになっています。手前は黄色、裏側は青色で満たされ、境界は色が混ざって緑になります。レディメイドの蛍光灯を見せるというコンセプチュアルな面よりも、光の霧で満たされた空間を知覚していく魅力があります。先ほど倉智さんのお話にもあった「モノなのか色彩なのか」、「色彩なのか光なのか」、そうした問題があります。
これはドナルド・ジャッド。これはロバート・モリス。オフ・ホワイトやグレーを使って、ニュートラルな幾何学的な形を扱うものもあれば、メッシュ状の素材を使って、ボリュームの透過/不透過を対比する、あるいは先ほどの倉智さんの作品のように、実体として存在しない面をフレームだけで感覚させるなど、実験的な方法が試みられています。オブジェクティブであるより、インスタレーション的な体験型の作品に接近しています。
ジャッド、フレイヴィン、モリス、作品の良し悪しとは別に、彼らの作品から、共通する質、共通する感覚が感じられます。ボリュームがあっても、石や木のような重さや実体感がなく、すかすかした抜けた感覚、平滑な平面、光の反射、光の透過など、実体性の希薄さという共通項があります。石や木を削って彫刻をつくるという方法に対して、ものが存在していても実体感が希薄で構造を把握する視線は抜けてしまう、表面がつるつるで軽く見える、あるいはフレイヴィンのように光で空間を満たしているなど、実体性の希薄さが指摘できます。このあと、私と倉智さんが98年に遭遇したチナティ・ファウンデーションですね。
倉智 この「コンクリート・ピース」っていうのは本当に地平線までだーっとあるんですよ。ね?
梅津 端から端まで歩くだけでも大変。夏なので草が伸びて作品のエッジが見えていない写真ですが、荒涼としたところに規格サイズにあわせたバリエーションでコンクリートのピースがあります。中に人が寝そべったりできるくらいのスケール感です。
倉智 ここはもう本当にジャッドの理想郷ですね。
梅津 ですね。ちょっと話がずれますが、ジャッドがここを拠点にしたのは、美術館が短期間で作品を展示替えするので、理想的な環境を作れないことへの不満からです。ジャッドには、自分の作品を、自分が望む状態で展示してほしいという非常に単純な欲望がありました。理想的な条件が確保できる展示を、できる限り恒久的に保つことがベストだと考えたのです。ですから、このコンクリートのピースも、屋外に設置されて以来、ずっとこの場所にあります。マーファには3回行きましたが、その存在をまったく忘れている時がほとんどです。たまにこの作品のことを考えますが、「あそこに存在している」ことが揺るがないことを、長い時間かけて感じるようになりました。やっぱり、作品は存在しているけれども展示されていないことは多いですし、作品が物理的に存続し得ないこともある。そういう意味で、こういう作品を作って残したことの重さを感じます。
これは「プログレッション」と呼ばれるジャッドの典型的なタイプです。横長の作品ですが、コの字状の細長い部屋で、歩いていくと、曲がる度に次の作品が現れるように、作品にふさわしくなるよう建物を改修して展示空間を作っています。基本的には展示替えをせずに、この展示が長く保たれます。作品を移動させて展覧会を組むのではなく、見たい人がそこに行く。作品の存在のさせ方、鑑賞形態のあり方に関して、根本的な課題を突きつけてきます。
「コンクリート・ピース」とともに有名なのが、格納庫を改修した部屋にあるアルミの作品です。かまぼこ屋根の格納庫二つに、全体で100点の作品が入っています。外側のプロポーションは一緒ですが、全部バリエーションが違います。整然と並んでいて、人工照明は一切なく、すべて自然光、窓からの採光だけです。入った瞬間、仰け反るような、痺れる感覚に襲われ、言葉を失うとはまさにこのことなのかと感じます。
倉智 うん。
梅津 先ほど話した理想的な展示環境を実現するという意味ならば、パーフェクトな照明を作って、その条件が揺らがないのがベストだと思うのですが、自分で改修して窓を作っていることからもわかるように、光の関係で作品の様相が変わることは許容しています。作品の同一性が揺らがないという自負があるのでしょう。歩くと自分の足音が反響し、見ている経験自体が作品から跳ね返される感覚があります。
先ほど倉智さんが絵画ということを出されて、壁なのか床なのか、立体なのか面なのか、という問題が出ました。ジャッドも絵画を物体化させて箱みたいな作品を作ったと言われますが、箱が作りたかったわけではなく、自分が望む「視覚性」を手に入れるためにこのような構造が要請されたはずです。ビューポイントを探すと、必ずこういう面が成り立つことが、それを立証しています。絵画的な面が成り立ち、中央に仕切りがあり、片側は抜けているけれど、他方は斜めに板が渡っているとか、そういう仕掛けが必ずあります。こちらは、外側から見ると箱ですが内側に相似形にもう一つ入っていて、向こう側に抜けているので、面的に見え、しかも隙間は光の反射で奥行が感知不能です。ジャッドのヴィジョンでは浮かせたいのでしょうが、浮かないので下部に構造がありますが。奥行がわからなくなるため、箱状の形態であることもわからなくなります。だけど面ではなく、三次元的な奥行はあるので、「イリュージョンの逆」というようなことになっています。つまり、絵画が平面に三次元的な空間を表現しているとすると、ジャッドは、三次元的な構造を使って面的な視覚を成り立たせようとしている。
おそらく倉智さんがおやりになっていることも、この問題と関連していると思います。頭で三次元の箱の図式が描けることと、まさにいま自分が見ていることが一致しません。こちらも斜めから見れば形状がわかりますが、正面に近くなれば奥行が消失する見え方になります。ジャッドはバーネット・ニューマンの絵画を評価していましたが、そうした成果を絵画では乗り越えられないという問題から、こういう形状に移行したのだといえます。
思考が停止した状態で、たださまよい、時々しゃがんだり、先ほど紹介したような視点を見つけてなるほどと納得したり、時間もわからなくなり、何を見せつけられているのか、だんだんわからなくなっていくような空間です。これくらいにしておきましょうか。倉智さんのレジデンスは一年ですか?
倉智 マーファですか? たった3ヵ月。マリアナさんの意向がね、一人3ヵ月ずつ、一回に一人ずつ。5人も10人もいっぺんに呼ばないんです。だから私は前の人とも次の人とも会っていない。一人で何もないところで時間を過ごさせるっていうのが向こうのポリシーだったんです。
梅津 期間は短いけれども、ほかのアーティストと交流できるところで制作させるのではなく、完全に孤立させるということですね。
倉智 うん、「Artist spends almost all the time alone」って書いてありましたよ(笑)。それで私は自転車を買って一人でいつもアトリエから宿舎まで自転車をキコキコこいで、毎日毎日そうしていました。あのマーファっていう不毛の地の何が作家を引きつけるかっていったら、本当に何もないこと、それがすごく魅力的で。「almost all the time alone」っていう、その文句も何か心に響くものがあって。これはトライしてみようと思って行ったんですけど(笑)。
梅津 確かに他のことを一切考えない状態というか、ある意味で世捨て人じゃないですけど現実的な感覚を想起させる要素をとにかく排除していく点では徹底していますよね。芸術を立ち上げるということだけに向き合わせるため、複数の人を取らないで、短期間でもみっちり過ごしてもらう(笑)。
倉智 インターンの若い人達と共同で乗れる車が一台だけありまして、一日だけその車に一人で乗ってちょっと近くの温泉まで行きましたけど、それ以外、外出は一切していない。
梅津 わあ(笑)。
倉智 共同の車ですから、私が宿舎からアトリエに行くまでに使うとほかの人が乗れなくなる。だから自転車を買ったんです。
梅津 私も調査で何度か行っていますが、本当に「何もない」ということに圧倒され、そのことにショックを受けました。ジャッドは多数の建物を展示室に改修していますが、ソファとかカウチがあり、さりげなくスピーカーが置いてあるのが印象的でした。
倉智 ベッドも置いてありましたね。
梅津 そこで昼寝をしたり、本を読んだりしていたそうです。展示施設として他者に見せるための施設を作るというより、自分が自分の作品について考えるための空間を作り、長い時間をそこで過ごしていたわけです。人手にわたった作品はバージョンを作り直して自分の見えるところに置き、自分の作品と向き合うことから次の作品のアイデアを得ていく、そのことが非常によくわかりました。よく「芸術と生活」というようなタームが語られますが、単純にいうと、あ、展示室で生活しているんだ、と(笑)。だから生活空間に芸術作品を飾るとか、芸術と生活の融合とか、そういうことではなくて、「展示室で暮らしている」と。あ、こういうことなのかというショックが、すごくありました。
倉智 一応パブリックな場所だから、くしゃくしゃなシーツとかそんなものはない。ただきれいなベッドがありましたね。
梅津 あと長椅子が置いてあって。
倉智 私が思い浮かんだのは、ここで横になるんだ、ここで座るんだっていう、動作ですよね。動作がすごく思い浮かんで。アーティストとして羨望この上ない。
梅津 (笑)。
倉智 私も自分の作品でやってみたい。
梅津 ちょっと話が戻りますが、倉智さんが今回の展覧会のために書かれた文章を読んで、衝撃がありました。「私はモダニズムが好きである」という言葉に、打ちのめされました。
倉智 (笑)。
梅津 モダニズム、ポスト・モダニズム論争、美術史的な論考、あるいはフォーマルな美術批評など、モダニズムをめぐる議論はいくらでもありますが、「モダニズムが好きである」と書いてあるのを読んだことはありません。
倉智 ふふふ(笑)。
梅津 少なくとも私はなかったので、びっくりすると同時に、あ、自分も好きだけど、「モダニズムが好きである」と書いたことは一度もない、というショックがありました。好きだからこだわっているし、簡単に「終わった」と言われることに抗うわけですが、わあ、「好きである」って書いてある! と思ったんです(笑)。それは衝撃的な文章で、アカデミックな議論云々の前に、それが「好きである」という出発点があることは、すごく大事だなと。ご本人を前に僭越ですけれど読ませていただきます。

後編につづく

 

投稿者:naito 投稿日:2016年06月22日