5月28日「都築響一 大竹伸朗 小池一子」トーク報告

5月28日に開催されたトークに参加いただきありがとうございました。会場には、雨にもかかわらず約120名ほどお越しくださり、また、ユーストリームには350ほどのアクセスがありました。佐賀町エキジビット・スペースを知らない世代を含む幅広い観客層。会場整備をサポートいただいた3331の皆様、ユーストリーム中継を快くお引き受けいただいたTeepartyTVの皆様のご協力で、楽しい時間を過ごすことができました。

 

田中一光さんの紹介で、まだ学生だった大竹伸朗さんに小池一子が出会った日。1987年に行われた佐賀町エキジビット・スペースでの個展。それを見た、当時『ブルータス』編集部員だった都築響一さんの反応は素早く、しかしながら、新しいものに対して日本の美術界の反応は鈍く……。

「ドメスティック」「ローカル」と言われた大竹さん。だが、世界を旅して日本の権威が遅れていることに気づいた都築さんと大竹さん。

二人で車にラジカセ積んで、日本の田舎を旅してできた『日本景/ジャパノラマ』(大竹伸朗、朝日新聞社刊)『珍日本紀行 ROADSIDE JAPAN』(都築響一、アスペクト刊)。宇和島に移り住んだからこそできた『I ♥ 湯』などのエピソードも。「何もないところで何を面白がれるか」と都築さん。

黒田征太郎、湯村輝彦などイラストレーターが「リアル」だった80年代。「マルセル・デュシャンの遺作と秘宝館」「日展とスナック」などフリートークが続き……。

会場からの「19歳のとき何をしていましたか?」という質問に、「雑誌の記事で見て、北海道の別海の牧場に1年間いたんだよね。その後、英語もしゃべれないのにロンドンに行って。お金がないから地下鉄もバスも使わずよく歩いたよね。1年間60万円で過ごした」と大竹さん。そういえば今展示中の《ジェノヴァⅤ》にも、歩いた視点がよく見られる。「ちゃんとやってれば、見ていてくれる大人はいる。やっぱり出会いなんだよね」と大竹さんが言えば、「動けば出会いはある」と都築さん。会場の人々も勇気づけられたよう。オルタナティブな気持ちを持ち続けている3人の出会いの必然も感じられる100分でした。

撮影:杵嶋宏樹

投稿者:sagacho archives 投稿日:2011年06月02日