森村泰昌、逢坂恵理子 対談レポート2

 

「私たちは時代にノーと言い、それは誇りでもありました。だけど、関西から来た若手の彼らは、これからはイエス(肯定)だと言う。そのなかに森村さんがいたんです」。1987年の「イエス・アート/デラックス」について小池一子が語りました。

イエスアートの若手たちより10歳近く年上だった森村さん。「前のアートを壊しながら新しいアートをつくる60~70年代の作家も見てきた僕は、ノーでもあり、イエスでもありました」。

「子供の頃から、身体と言葉がうまくいかないという違和感を持っていた」という森村さん。「嘘っぽいなと思うとその言葉がしゃべれなくなるんです。自分の体も見つからない。運動が苦手で自信喪失、体がぎくしゃくしていた。だけど、芸術表現を借りると自分の言葉と身体が現れる、それがアートに向かった始まりです」。

「初めて写真を撮ったとき、 シャッターを押してパチッて瞬間を確保する感じが、昆虫採集に似てるなと。蝶が舞っている持続する時間を、ある瞬間止めて、ブラックボックスを通して出てきたものを標本箱に収める。このとき、私がそこにいたということが重要で、面白い写真か面白くない写真かはクリエイティヴィティとは本来関係ない」。

「個人個人が見つけ出した身体と言葉(=アート)に対し、イエスとかノーとか他人が決めることじゃない。となるとキュレトリアルなんて不可能じゃないか?と思ってしまう」。

逢坂さんは答えます。「ある種の選択はしなくてはならない。個を徹底的に突き詰めると、反転して普遍性に行き着くようなことがある。森村さんは個人的な世界と思っているかもしれないけれど、それを形にする過程は、1本の映画をつくるようなチームワークになっていますよね。その多義性が興味深く、森村さんの頭の中にあることを引き出し、キュレーターや批評家とは違うやりかたで現代美術を問い直せるのではないか。それが森村さんをアーティスティックディレクターに選んだ理由です」

これまでのヨコハマトリエンナーレは準備期間が短く、「そもそもの前提」から問うてみる余裕もなかったように思います。森村さんの過去の作品が、今の時代に対するノーでもありイエスでもある身体と言葉にも見えてきました。

(佐賀町アーカイブ 白坂ゆり)

 

 

投稿者:naito 投稿日:2013年02月07日