森村泰昌、逢坂恵理子対談レポート

1月11日(金)19時から森村泰昌さんと横浜美術館館長の逢坂恵理子さんとの対談が行われました。お二人の出会いから佐賀町エキジビット・スペースとのつながり、「ヨコハマトリエンナーレ2014」アーティスティック・ディレクターとなった森村さんから同展組織委員会委員長でもある逢坂さんへキュレーションについての問いかけなど、日本の美術の歴史を感じる話が展開されました。

 

森村さんは1987年、佐賀町エキジビット・スペースで開催した関西の若手作家によるグループ展「イエス・アート/デラックス」に参加。この時に逢坂さんは初めて森村さんの作品を観たそうです。その後別の機会に森村さんに会った印象を「佐賀町で観た過激な作品の作家がとても物静かでびっくりしました」と語られました。

 

それから森村さんより逢坂さんへふたつの話が問いかけられます。ひとつは「逢坂さんが美術に関わった原点とは?」。「古美術が好きで、高校生の時にアーティスト以外で美術に関わるには何があるかと考え、学芸員という職業を知りました」と逢坂さん。卒業後すぐに学芸員にはなれなかったが、美術出版社の『みづえ』の仕事でヨーゼフ・ボイスなどを知り、自分の知らない美術表現が新鮮でもっと知りたいと思い、今に至るそうです。

もう一つは、森村さんは「僕や宮島達男さんが参加した1988年のヴェニス・ビエンナーレ前後に日本の美術が変化し、それ以後に今につながる日本の美術がある」と自負することから、「80年代から日本の美術シーンを牽引してきたひとりである逢坂さんは、88年以前と以後をどうとらえているでしょうか?」。逢坂さんは「80年代には、花鳥風月や禅で語られてきた日本の美術に対する既成概念を打ち返すような、全く異なる分野を美術の中に取り込んで解釈し直す、今までの言葉では語れない美術が出てきました。その時、今の日本は何かと海外に提示した展覧会が『アゲインスト・ネイチャー』であり、そこから一気に日本の美術に対する関心が高まりました」と振り返りました。

森村さんが「ヨコハマトリエンナーレ2014」で今回はじめてキュレーターという立場となったこともあり、その後、話題はキュレーションのことに移りました。作家として活動してきた森村さんが「展覧会をつくることはやはり自分の作品をつくることにもなり、権力者のようになってしまうのではないか」と危惧を語ると、「展覧会はやはりキュレーターの作品になりますが、ヒエラルキーとは違う形ができると思っています」と逢坂さん。「キュレーションとは美術の存在意義を社会へ提示することだと思います。スポーツや音楽は受け入れられやすいけれど、美術が必要だと思っている人は社会で非常に少ない。けれど、時代や鑑賞者によって作品の評価や解釈は変化します。時代によって表現方法が変わることもあり、アーティストの生み出すものは、自分を超える力がある。そんなアーティストの持つ様々な優れた視点をどうやって社会に提示していくか、それが展覧会をつくるということ」。

美術の必要性について語られる機会は少なくないのですが、納得のいく言葉で教えてくださいました。森村さんのつくる展覧会がますます楽しみです。森村さんのアーティストとしての視点が表れた作品は、佐賀町アーカイブで2月11日までご覧いただけます。 

(ボランティアスタッフ 小澤恭子)

撮影:木奥惠三

ユーストリームの佐賀町アーカイブチャンネルで録画がご覧になれます。

佐賀町アーカイブ 森村泰昌×逢坂恵理子 対談

 

 

投稿者:naito 投稿日:2013年02月05日