佐賀町エキジビット・スペースとは

再生した建築空間で、現在進行形のアートを
17年間発信した実験場

いま生まれつつあるアートを発信しよう。そんな小池一子の意思から、1983年に江東区佐賀町でスタートした佐賀町エキジビット・スペース。当時は、美術館でキャリアのない現代美術家が取り上げられることはほぼなく、若手の発表の場は作家が会場の賃料を支払う貸し画廊が多くを占めていた。そのような状況のなか、日本初の非営利のオルタナティブスペースー美術館でもギャラリーでもない「もうひとつの場所」—が生まれた。
 場所は、1927(昭和2)年竣工のかつて廻米問屋市場として栄えた歴史を持つ「食糧ビル」の3階。杉本貴志率いる「スーパー・ポテト」の手により、80センチ上げられていた床を剥がしてコンクリートの地を出し、壁を塗り直し、アーチ型窓のある天井高5メートルの空間を蘇らせた。この大きな器からエマージング(蝶になるのを待つさなぎの)・アーティストが羽ばたき、また、それらの展覧会は後のアーティストにも影響を与えている。
 バイリンガルで情報を発信し、海外からの視察者が最初に訪れる場所でもあった。しかしバブル経済の破綻によりビルが売却され、アートシーンに風穴を開けてきた佐賀町エキジビット・スペースは2000年に幕を閉じた。17年間の蓄積は、2011年より「佐賀町アーカイブ」として再び形を変えて現在に続く。

佐賀町エキジビットスペース展覧会記録(1983─2000)